知るべし、教えるべしインターネットの歴史
生徒・・・インターネットの歴史について別に知らなくてもよいのかもしれません。基本的操作がわかり、教育的に有効な使い方ができればそれでいいのは確かです。
教師・・・生徒と同様のことが言えるでしょうが、教育者としてのユーザーである以上知っておいた方がいいでしょう。
さて、このページは、インターネットの歴史を述べるのではありませんが、教師が知っておくべき、そしてできれば生徒にかみ砕いて教えるべきだと私が考えることを一点だけ紹介します。
インターネットを創生期から作り上げてきた人たちの多くが、イヴァン・イリッチの代表的著書「脱学校の社会」からその理念・哲学を学んだとされます。その中心となるのは次の部分のようです(古瀬幸広・廣瀬克哉 「インターネットが変える世界」)。
「優れた教育制度は三つの目的を持つべきである。
第一は、誰でも学習をしようと思えば、年齢に関わらずそのために必要な手段や教材を利用できるようにしてやること
第二は、自分の知っていることを他人と分かち合いたいと思うどんな人に対しても、その知識を彼から学びたいと思う他の人々を見つけだせるようにしてやること
第三は、公衆に問題提起しようと思うすべての人に対して、そのための機会を与えてやること
優れた教育制度の下では、本当に誰もが自由に論じ、自由に集会を持ち、自由に報道ができるようにし、またそれゆえにそれらのすべてが十分に教育に役立つものとなるように近代的科学技術が用いられるべきである」
これは、イリッチが60年代〜70年代にかけての科学優先政策のアメリカ社会を批判して書いたものです。
しかしながら、インターネットを創ってきた研究者・技術者はその理念に共感し、それを現代技術上で実現させようとしたのです。そして、世界大で情報共有を実現するネットワークを作り上げたのです。
今や当たり前のようになってしまったインターネットという大発明を使うときに、多くの障害を乗り越えながら理念を実現させようと格闘し続けてくれた人たちを忘れてはいけないと思うのです。当たり前になると、その当初の目的が忘れられてしまうことはよくある話ですが、それはインターネットについても例外ではありません。インターネットを悪用、乱用する輩が増えている現実は全く嘆かわしい限りで、本当に苦労して開発してくれた人たちへの恩を仇で返す行為は絶対許せません。
万人が使えるようにまでなってきたインターネットを開発してくれた先人の高い理念は、教育者が「情報教育」で生徒たちに教えなくてはいけないことの大切な一つではないでしょうか。少なくとも教育の現場にあっては、その理念に沿うようなインターネットの活用が行われるべきで、その活用が文化的あるいは教育的に十分価値があるかを教師は常に自問しなくてはいけないと思います。